―地下で“出会う”列車―
目次
ここから次の扉がひらく
……よし、開けるよ!
どうぞ。今日は迷いゼロだね。
扉が軽い音を立てて開く。
その瞬間、空気の温度が
ひと段階だけ深くなる。
背後にあった景色よりも、
前へ続く“静けさ”の方に重心が移る。
わ……空気がちがう。
ここからは“外”じゃなくて“下”。


階段の一段目を踏み出すと、光の届き方がふっと変わる。まだ明るいのに、世界の向きが静かに裏返る。
なんか、もう別の場所に
入っちゃったみたい。
まだ上段。ここから
さらに“馴染んでいく”よ。


段を降りるごとに、隔たるのではなく 溶けていく 感覚。地下の明るさが“淡い安心”として迎え入れてくれる。
……落ちる感じじゃない。
包まれる感じ。
それが美佐島の深さ。
“怖さ”じゃなく“距離”なんだ。
やがて階段は終わりに近づき、そこには思いのほか明るい待合室。
ほんとだ、明るい。
ここからホーム?
うん。もう一枚、
世界が薄くなる先。






通路の奥、まだ見えない“何か”の気配だけが先にこちらへ伸びてくる。その途端——低い金属の震えが床下を撫でた。
……来る?
来る。
姿より先に、速度がやってくる。風の前触れが、距離を押し返してくる。
─―来る、来る!!
ホームの前に踏み出した瞬間、
空気の厚みが一気に変わる。
見えていないのに、
迫力だけがすでに“目の前”。
次の刹那——光の帯が弾け、
風が一気に駆け抜ける。
わっっ!!


近い。ただ近い、ではない。“全身に来る近さ”。通過ではなく 遭遇。速度が身体にぶつかって、熱の線だけが残る。
美佐島は“深く潜る駅”じゃなくて、
“出会いに降りてくる駅”だから。


電車の音が遠ざかっても、胸の中だけ余韻が遅れて鳴り続けている。
それはもうワクワクじゃない。
——次の駅の火種。




三つ目、もう見えてるよね?
ここは終着じゃない、合図。
続く先は、
さらに深い“本丸”へ。
三駅目——土合へ。










