偶然が紡ぐ、秋のセレンディピティ旅の第四弾 海の幸 ― 能生で蟹を堪能 (ここには“食べに来る理由”より、“戻ってくる理由”がある)

海の幸
― 能生で蟹を堪能

湯沢から、潮の香りの方角へ

山から海への道は、景色が切り替わる瞬間がはっきりしている。
トンネルを抜けた途端、視界は一気にひらけ、日本海が横に張りつくように現れる。
青が大きくなり、道が海へ寄り添うたび、風の匂いが変わっていく。

助手席のセレンが、そわそわしながら窓の外をのぞき込む。

seren

まだつかないの?
おなかすいたよー

もうちょっと。海が見えたでしょ

seren

だから“もうすぐ”じゃなくて
“今すぐ”がいいの!

小さな急かしは、今日いちばんの先導役だ。

湯気と威勢に吸い寄せられて

道の駅マリンドリーム能生。
磯の香りが蒸気と混ざり合い、呼び声の熱気と一緒に広がってくる。
ここはただ賑やかな場所ではなく、“胃袋が目を覚ます場所”。

海沿いの旅に寄り添うように建つ、能生の玄関口。
香りと活気が一度に押し寄せる、港町らしい賑わい。

友人に教えてもらい、
以来通い続けている馴染みの店。

seren

はやくいこ! ほら、
いつものおばさん、今日もいる!

足取りが勝手に前に出てしまうのも仕方ない。

“買いに来る”より“会いに来る”気持ちになってしまう場所。

入口はひと切れ、虜は一瞬

差し出された紅ズワイの身をひと口。
しっとりした甘さが舌に広がり、磯の香りがあとから追いかけてくる。

seren

この味がたまらない~~!

わかるけど、落ち着いて食べなって

seren

ムリ! カニしか勝たん!

得意げで、少し誇らしい顔。
“ここに戻ってくる理由”は、一瞬で証明された。

セレンのしっぽ、大歓喜

籠を選んでいると、店の人の声。
「今日も来てくれてありがとね。多めに入れとくよ!」

seren

きたーー! これがあるから
やめられない!

先の幸せまで見越してる顔だな

seren

うん! 帰ったら
“日本一おいしい
ごはん”食べるんだもん!
未来予約制!

豪快というより、幸福が弾けている。
旅はこういう瞬間のためにある。

味見一口で思い出す、ここに戻ってきた理由。
旅の記憶を、そのまま持ち帰れるごちそう。

いざ本丸、蟹の時間

昼食は屋内の食事処へ。
テーブルに置かれた丼は、湯気の奥で堂々と主役の風格。衣の中に閉じ込められた甘い香り。
となりの海鮮丼は“色そのものが海”で、視覚まで満たしてくる。

磯の香りがそのまま料理へつながる、贅沢な二階席。

言葉より先に手が伸び、箸が止まらない。
満たされるのはお腹以上に、“今日ここまで来た意味”そのもの。

衣の奥からあふれる甘みが、湯気ごと心をほどく。
器の中に、海そのままの“瑞々しさ”が届く。

日本海を前に、しばし無言

食後は少し歩いて、防波堤の上へ。
水平線はゆるやかに揺れ、潮風が満足をやさしく冷ましていく。

seren

おなかいっぱい……
もう、ねむい……

セレンは海を眺めたまま、ぽふっと息を抜く。
幸福の余韻がそのまま毛布になったみたいに、
ゆるりと落ちていく。

そこへ、友人がふとした調子で口にした。

満たされたあとに訪れる、静かな幸福の余韻。

糸魚川にさ、
ちょっと珍しい駅があるんだって

seren

珍しい駅?

うん。地上じゃなくて…
“もぐってる駅”。

セレンのしっぽだけが、ふわりと反応した。

旅の余韻に添えて
道の駅マリンドリーム能生

海沿いを走る旅の途中に、いつのまにか“ここを経由する旅”へと変えてしまう場所がある。
能生の道の駅は、その代表格だと思う。

賑わいは観光的なのに、迎えられ方はどこか“ただいま”に近い。味を覚えているだけでなく、空気ごと安心できる場所。一回の満足では終わらず、気づけば「また来よう」が前提になる。

ここには“食べに来る理由”より、“戻ってくる理由”がある。

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