
― 海の幸と出会う土地 ―
湯沢から、潮の香りの方角へ
山から海への道は、景色が切り替わる瞬間がはっきりしている。トンネルを抜けた途端、視界は一気にひらけ、日本海が横に張りつくように現れる。青が大きくなり、道が海へ寄り添うたび、風の匂いが変わっていく。
助手席のセレンが、そわそわしながら窓の外をのぞき込む。
まだつかないの?
おなかすいたよー
もうちょっと。海が見えたでしょ
だから“もうすぐ”じゃなくて
“今すぐ”がいいの!
小さな急かしは、今日いちばんの先導役だ。
湯気と威勢に吸い寄せられて
道の駅マリンドリーム能生。
磯の香りが蒸気と混ざり合い、呼び声の熱気と一緒に広がってくる。ここはただ賑やかな場所ではなく、“胃袋が目を覚ます場所”。


友人に教えてもらい、
以来通い続けている馴染みの直売店。
はやくいこ! ほら、
いつものおばさん、今日もいる!
足取りが勝手に前に出てしまうのも仕方ない。
売り場を歩いていると、きらりと光る生牡蠣をセレンが発見。
ねぇ、これ…おいしそう!
蟹の前に、まずはひとつ味わってみることに。ひと口で、海の香りととろける甘さがふわっと広がる。
うわ、これはすごい。
潮の香り、ちょっと幸せ。


その場で味わえる生牡蠣も、海の香りがふわっと広がる一品。




入口はひと切れ、虜は一瞬
差し出された紅ズワイの身をひと口。
しっとりした甘さが舌に広がり、磯の香りがあとから追いかけてくる。
この味がたまらない~~!
わかるけど、
落ち着いて食べなって
ムリ! カニしか勝たん!
得意げで、少し誇らしい顔。“ここに戻ってくる理由”は、一瞬で証明された。


セレンのしっぽ、大歓喜
籠を選んでいると、店の人の声。
「今日も来てくれてありがとね。
多めに入れとくよ!」
きたーー! これがあるから
やめられない!
先の幸せまで見越してる顔だな
うん! 帰ったら
“日本一おいしい
ごはん”食べるんだもん!
未来予約制!
豪快というより、幸福が弾けている。
旅はこういう瞬間のためにある。




いざ本丸、蟹の時間
昼食は屋内の食事処へ。
テーブルに置かれた丼は、湯気の奥で堂々と主役の風格。衣の中に閉じ込められた甘い香り。となりの海鮮丼は“色そのものが海”で、視覚まで満たしてくる。
言葉より先に手が伸び、箸が止まらない。
満たされるのはお腹以上に、“今日ここまで来た意味”そのもの。






日本海を前に、しばし無言
食後は少し歩いて、防波堤の上へ。
水平線はゆるやかに揺れ、潮風が満足をやさしく冷ましていく。
おなかいっぱい……
もう、ねむい……
海を眺めたまま、ぽふっと息を抜く。幸福の余韻がそのまま毛布になったみたいに、ゆるりと落ちていく。


そこへ、友人がふとした調子で口にした。
糸魚川にさ、
ちょっと珍しい駅があるんだって
珍しい駅?
うん。地上じゃなくて…
“もぐってる駅”。
セレンのしっぽだけが、ふわりと反応した。
旅の余韻に添えて
道の駅マリンドリーム能生
海沿いを走る旅の途中に、いつのまにか“ここを経由する旅”へと変えてしまう場所がある。能生の道の駅は、その代表格だと思う。
賑わいは観光的なのに、迎えられ方はどこか“ただいま”に近い。味を覚えているだけでなく、空気ごと安心できる場所。一回の満足では終わらず、気づけば「また来よう」が前提になる。
ここには“食べに来る理由”より、“戻ってくる理由”がある。
……やっぱり“日本一”の
ご飯って、ここで完成するんだね
そうだよ!身をほぐして集めて、
ぎゅっと重ねて……
その時間までおいしいの!












